リーフィアと歩む緑の軌跡

大好きなリーフィアとともに歩む日常。最近はクトゥルフ神話TRPGを嗜んでいる。

仮想卓短編小説「永久の花束を、君に」

長かった三十三連勤がようやく終わりを迎えた猫です、こんにちは。

この度は、自分の探索者向けにオリジナルシナリオを書いたはいいものの(執筆者なので)PLができない悲しみを背負った猫が、「それなら短編を書けばいいじゃないか!」という雑な発想で書き上げた仮想卓となります。なお、作中でのRPやPCの心理描写は猫の妄想ですが、ダイス目は「クトゥルフWEBダイスロール(http://cthuwebdice.session.jp/dice/)」を使用して平等に判定しています。

拙い文ではありますが、皆様に少しでも楽しんでいただけたのなら嬉しいです。

 


【人物紹介】

草加怜[くさかれい]34歳男性/医者/PL:猫

https://charasheet.vampire-blood.net/1407615

本作のPC。「草加診療所」という名の診療所を営む医者。重度のお人好しにして鈍感系主人公。一時期深緑と同居しており、現在は翡翠と同居生活を送っている。翡翠に対する恋心を自覚しつつも、その想いを胸中に隠している。過去に神話的現象に散々巻き込まれ続けた結果、《クトゥルフ神話技能》が30まで上がっている。

 


草加深緑[くさかみどり]17歳少女/放浪者

https://charasheet.vampire-blood.net/1658254

異世界に迷い込み、某闇医者に助けられた結果、日本に定住することになった白髪赤眼の少女。元は中国出身の孤児。某作家を助けるために犠牲になり、白鳩に姿を変えた。現在は某作家の下で生活し、たまに怜の診療所に遊びに来ている。

 


草加翡翠[くさかひすい]17歳少女/メイド

https://charasheet.vampire-blood.net/2125433

突如怜の前に現れた、白髪琥珀眼の少女。人間の姿の深緑と瓜二つの容姿をしている。元は人造人間だが、怜の尽力で奇跡的に一命を取り留め、人間として復活した後、彼と同居している。怜のことは命の恩人として慕っている。

 

 

 

「永久(とこしえ)の花束を、君に」

 

 

目を覚ませば、見慣れぬ天井が視界いっぱいに広がっていた。
「……また、か」
溜め息まじりに、真っ先に思い浮かんだ言葉が思わず口を付く。普通の人であれば、自分が見知らぬ場所で寝ていれば混乱したり驚いたりするのだろうか。非日常に巻き込まれ続けた自分は、そんな「当たり前」の感覚が擦り切れてしまったようだが。
五体が縛られていないことと身体に違和感がないことにありがたさを思いつつ、その場から身体を起こす。どうやら、自分は白いベッドに横になっていたらしい。
視界が広がれば、部屋の全体像が把握できる。そこは、一辺が七、八メートルの立方体の部屋のようだ。天井には蛍光灯があり、壁や扉、家具などは全て白で統一されている。窓は一つもないが、奥には扉が一つある。また、部屋の中心には小さなテーブルが置かれ、部屋にあるものの中で唯一、黒色の鳥籠があった。
ただ、身体を起こした段階で一つ気になることがあった。自分が、寝間着でも普段着でもない服を着ているのだ。携帯電話や貴重品の類が一切ないのはもはや慣れたものだが、それにしても白いタキシードとは一体どういう了見なのか。
《知識》1d100<=70→31→成功
しかも、このタキシードは結婚式で新郎が着るような正装服ではないだろうか。こんな服とは縁遠い身だ。違和感しかない。ただ、代わりに着る服が都合よくあるはずもない。しばらくこのままでいるしかないだろう。
気を取り直してベッドから起き上がり、自分が寝ていた場所に何かこの空間に関する情報がないかどうか確かめる。
《目星》1d100<=63→74→失敗
しかし、それらしきものは見つからない。こればかりはいくら非日常を経験しても仕方ないだろう。
次に、部屋の中央にある小さなテーブルに近付く。ベッドから見たときには周囲の白い壁と同化して分からなかったことが二つある。一つは、テーブルの上には鳥籠の他にも一通の封筒が置かれていること。もう一つは、鳥籠の中に白鳩が閉じ込められていることだ。
「深緑さん!?」
思わずよく知っている白鳩の名前を叫び、慌てて鳥籠に駆け寄った。鳥籠の中にいる白鳩に反応は見られなかったが、僅かに羽を上下に動かしている。どうやら眠っているだけらしい。
「深緑さん、起きてください。深緑さん!」
何度か声をかければ、白鳩が目を開いた。瞳の色は赤。世間一般的にアルビノと呼ばれる品種だ。
「えっと、深緑さん……ですよね。どこも具合は悪くないですか?」
白鳩はこちらの呼びかけに軽く頷いた後、羽を広げて一鳴きした。間違いない。自分のよく知る鳩、もとい草加深緑その人だ。
「待っててください、今開けます」
鳥籠には鍵が掛かっていたが、幸いなことに簡単に開けられるようなツマミを用いた簡易的なものだった。自分の知る白鳩ではないことも考えられたのですぐに開けることに躊躇いがあったが、身元を確認できれば話は別だ。ガチャリ、と軽い音と共に鍵が外れ、鳥籠が開く。深緑さんは器用に扉を潜ると、私の肩の上に素早く飛び乗って頬ずりしてきた。
「ちょ、ちょっと深緑さん、くすぐったいですってば」
そう言いながら、テーブルの上に置かれていた封筒に手を伸ばす。封筒には「草加 怜 様」という宛先が書かれている。送り主の名前は書かれていない。中には質のよい便箋が一枚入っていた。当然、中から取り出して文面を読むことにする。
『謹啓
皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
この度、私たちは結婚式を挙げることとなりました。
つきましては、末永くご懇情をいただきたく、ささやかですが粗餐を用意させていただきました。
ご多用中、まことに恐縮でございますが、ぜひご出席賜りますようお願い申し上げます。
謹白
○○○○年○月○日 吉日
草加怜 ・草加翡翠
「は???」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。一緒に便箋の中身を見ていたであろう深緑さんも、私の肩から落ちそうになる始末だ。
《アイデア》1d100<=65→19→成功
自分の結婚式にも関わらず、自分に招待状を送るなんてことがあるはずがない。そもそも、身に覚えが一切ない。想い人がいたとして告白すらしていないのだ。結婚式などと、そんなことを考えられるとでも言うのだろうか?
SAN値チェック》1d100<=69→93→失敗/SAN値69→68に減少
「痛っ!?」
不意にコツンと、深緑さんが嘴で私の頭を突いてきた。死角から相当の衝撃を受けた頭を抑え、その場で蹲る。肩から飛び降りた深緑さんがテーブルに着地し、私に対してさらに一鳴きした。一喝とでも言うのか、まるで「しっかりしてください。こんなことで動揺してどうするんですか」とでも言いたげに鳴く声に、混乱していた思考が次第に落ち着きを取り戻していく。
「す、すみません。取り乱しました……」
深緑さんに対して頭を軽く下げてから、改めて便箋を見る。裏に何かが書かれているわけでもなさそうだ。ただ、少なくとも自分がタキシードを着ている理由は予想できた。それにしても、彼女と祝いの席を設けること自体は嬉しいのだが、こんな形で実現してほしくはなかったというか何というか……。
「……さて、他に気になるところはないですよね」
《目星》1d100<=63→73→失敗
テーブルの下など、他にも何か情報がないことを確認してから、部屋を出るために扉に近付く。一般的な引き戸で、鍵がかかるような大層な扉ではなさそうだ。
《目星》1d100<=63→36→成功
ふと、扉を開ける前に、白い塗料が一部剥がれた場所を見つけた。よく見れば、何か文字が刻まれている。
『花束は貴方の命、貴方の愛の証。真に愛する者に捧げ、祭壇にて誓いを立てよ』
「花束?」
今いる部屋には花束も祭壇も見当たらなかった。ひょっとして自分が見落としているだけかも知れないが、いずれにしても覚えておいて損はないだろう。そう考えながら、私は深緑さんと共に白い扉を潜った。

 


扉の先は白い壁で作られた通路になっていた。床に赤いカーペットが敷かれており、十歩ほど先には先程と同じような白い扉がある。
《聞き耳》1d100<=51→60→失敗
念のため、白い扉に耳を当てて音が聞こえないかどうか探る。しかし、扉自体が分厚いのか、部屋の中の音は全く聞き取れなかった。
「中に入りますけれど、準備はいいですか?」
肩に留まっている深緑さんに断りを入れれば、首をこくんと頷く動作が返ってくる。
一つ深呼吸して扉を開ければ、こちらも先程と同じような白一色で構成された空間だった。すぐに分かる違いを挙げるとすれば、二つ。部屋の左側に本棚があることと、中央に置かれたテーブルがやや大きくなっており、その上に黒色のケースが置かれていることだろう。
テーブルの上に近づけば、ケース以外にも幾つかのものが置かれていることがすぐに分かった。一つは、白を基調とした花束。もう一つは白い小さな箱だ。
博物学》1d100<=10→86→失敗
《知識/2》1d100<=35→98→ファンブル
「しまっ……!」
花束に用いられている複数の花が何の種類か考えている内に、うっかりテーブルに足を引っかけてしまった。一つ足のテーブルはたちまちバランスを崩し、上に置かれていた花束や白い小さな箱、黒色のケースもろとも倒してしまう。途端に、ケースから猫の呻き声が漏れた。ひょっとしてと思って横になったケースを元の状態に戻せば、中に白猫が入っている。またしても白い壁と同化していたせいで気付けなかった。
「……ひ、翡翠さん?」
一度、同じような不思議な空間で自分の同居人が猫になって現れたことを思い出し、声をかけてみる。しかし、白猫は私の姿を見るなり威嚇を始めた。いきなりテーブルの上から叩き落としたのだから怒るのも無理はない。お叱りを受けるのは承知の上で外に出そうとも考えたが、ケースには南京錠が掛かっていた。鍵を探さない限り、開けるのは難しいだろう。
《鍵開け》1d100<=1→46→失敗
さすがに上手いこと開くはずもなかった。素直に鍵を探すべきだと考え、次に白い小さな箱の方へ視線を向ける。

手の平に乗るくらい小さな立方体の箱だ。持ち上げればそこまで重いものでもないことが分かる。正直な話、タキシードに花束ときて、この形状の箱となれば、中に何が入っているのか想像に難くない。中を開ければ、男女が付けるペアリングと一枚の紙が入っている。予想通りである。
一つ、男性用のものと思われる指輪を取り、填めはせずに大きさをそれとなく確かめる。見事に自分の左手の薬指とサイズが一致した。すぐに指輪を箱に戻す。女性用が誰のものか、それこそ答えは決まっているようなものだ。
紙には『真に愛する者同士が付け合えば、互いの絆はより強くなるだろう』と、ご丁寧に書かれている。
《目星》1d100<=63→23→成功
次に、花束を床から持ち上げようとして、中で何かがキラリと光り輝いているのが見えた。よく見ると、それは小さな鍵だ。テーブルの上に花束を戻してから、ケースの南京錠に鍵を填めてみれば見事に一致する。
ただ、このままケースを開けていいものか。依然として白猫はケースの中で威嚇を続けている。こちらの呼びかけに反応する素振りもない。今ここで軽率に開けてしまえば、取り返しの付かないことにもなりかねない。
逡巡している私の姿を見かねたのか、コツンと深緑さんの嘴が南京錠を叩いた。
「……開けろ、ということですか」
一鳴きして応じる深緑さんの姿に押される形で、私は南京錠の鍵を開ける。すぐにケースから白猫が飛び出した。そして、私の顔面めがけて飛び込んでくる。もちろん、両手の爪はきちんと立てている状態で、だ。
《回避》1d100<=52→96→ファンブル/HP10→8に減少
「っーーーーー!!?」
避けるどころかその場に無様に倒れ込んだのをいいことに、顔面に思いっきり爪痕を残されてしまった。正直、かなり痛い。近くに応急手当の道具がないことが悔やまれる。いつもなら診療器具も持っているのだが、ないものはどうしようもない。

痛みを堪えて白猫の行方を視線だけで追えば、どうやら白鳩こと深緑さんと仲良くしているようだ。深緑さんに被害がないことだけが唯一の救いだろう。
「……はぁ。猫に対しては運がないというか何というか……」
軽く愚痴を零しつつ、なるべく白猫を刺激しないようにその場を離れた。
本棚の側まで近付けば、本の外装まで全て白で統一されていることが分かった。その上、背表紙に題名すら書かれていない。中に何か情報があったとしても、これでは探すのが非常に大変そうだ。
《図書館》1d100<=64→83→失敗
かなり時間をかけて一冊一冊読んでみたと思うのだが、目ぼしい情報は書かれていなかった。さすがにもうお手上げだ。この部屋で探索できる場所を全て見た以上、また次の扉を開けるしかない。
「深緑さん、行きますよ」
白猫と戯れていた深緑さんは、こちらの一声でその場から飛び上がり、私の肩に飛び乗った。
「やっぱり翡翠さん……ではない、のか……?」
深緑さんと違い、白猫に対して「翡翠さん」と声をかけてみても応じる様子は見られない。ただ、私の足の周りを終始彷徨いて離れようとはしない。猫に対してつくづく運のない身ではあるが、深緑さんとも仲が良いようだし、無理に引き剥がすのも気が引けた。
元に戻したテーブルの上に置いていた花束を片手に持ち、指輪の入った小箱をタキシードのポケットの中に入れて持って行くことは忘れない。
特に、花束に関しては先程の扉に『貴方の命、貴方の愛の証』と書かれていた以上、そのままにしていいとは思えない。
《目星》1d100<=63→51→成功
扉を開ける直前、先程と同じことがないかと思って見れば予想通り、またしても白い塗料が一部剥がれた場所を見つけた。
『鏡は虚像を映し、偽りを暴くものである』
扉に刻まれている文字は、次に入る部屋のヒントのようなものだろうと当たりを付けながら、私は深緑さんと白猫と共に、先に続くであろう扉を潜った。

 


扉の先は、以前と変わり映えのない白い壁で作られた通路だった。床に赤いカーペットが敷かれており、十歩ほど先にはもはや見慣れた白い扉がある。ただ、先程と違って扉が両開きで開くように取り付けられている。
《聞き耳》1d100<=51→16→成功
白い扉に耳を当てて音が聞こえないかどうか探ってみると、僅かに扉の向こう側から人の話し声が聞こえてくる。異空間で出会う人間とまともに話をできれば御の字なのだが、果たして鬼が出るか蛇が出るか。
「中から人の声が聞こえますが……先に進みましょうか」
肩に留まっている深緑さんに再度断りを入れれば、羽を広げて一鳴きしてくれる。一方、足下に蹲る猫は毛繕いをしたまま応じる様子がなかった。さすがに呑気すぎやしないだろうか。
扉に向き直って改めて一つ深呼吸し、両開きの扉をゆっくりと開けた。
 
何がきてもいいように心づもりはしていたのだが、扉の先はある場所と繋がっていた。
そこは、挙式会場だった。
会場の両側に設置された長椅子に座っているのは、自分の知人や関係者だ。彼らは、不意に現れた私に対して驚く様子もなく、むしろ自然なこととして受け入れて皆立ち上がり拍手を始めた。喜色を湛えながら「おめでとう」という言葉を零す彼らに、当然話を聞ける雰囲気ではない。
むしろ、自分の両親と隼兄さんと葵はともかく、何故ミフネさんや小鳥遊君や里原君までが何食わぬ顔で参列しているのだろうか。いや、結婚式を挙げるのであれば真っ先に呼ばなくてはならない程お世話になっている人達ではあるが、置かれている状況が状況だけに悶々とした気持ちを抱えてしまう。
拍手は止むことなく鳴り続けている。彼らは、自分が前に進むことを求めているようだった。
会場の中央に敷かれた赤いカーペットの先に目を向ければ、祭壇らしき台座の前に立つ牧師の男性、そして、自分が見知った一人の少女の姿がある。
天窓から柔らかな光が差し込み、少女の着る純白のウエディングドレスを淡く照らし出す。琥珀色の瞳がこちらを見つめ、嬉しそうに微笑んでいた。
肩に白鳩、足下に白猫、手に花束を携えて、一歩ずつ前に進む。やがて祭壇の前に辿り着けば、拍手は鳴り止み、参列者の視線がこちらに集まっているのが背中から感じ取れた。
《目星》1d100<=63→89→失敗
《幸運》1d100<=70→40→成功
改めて近くで見れば、少女の姿は本当に綺麗の一言に尽きた。いつも見る私服や白衣姿も可愛く着こなしていたが、ウエディングドレスドレスともなると格別なものを感じざるを得ない。
「……痛たたっ!? い、一体何を……!?」
三十路が少女を可愛らしいと思いながら見るなとでも言いたいのか、肩に留まっていた白鳩から突如として怒涛の乱れづきが飛んできた。こめかみの辺りに打ち付けられて体勢を崩し、その場でよろけそうになる。
その時、幸運にも牧師の背後に何故か姿見があるのが見て取れた。角度的に、ちょうど自分の姿が映っている。
それはいいのだが、そこには自分の肩で頬杖を付いて膨れっ面を浮かべる白髪赤眼の少女の姿が一緒に映っている。
間違いない。深緑さんの元の姿だ。
『鏡は虚像を映し、偽りを暴くものである』
嫌な予感がする。考えたくはない予感ではあったが、確かめなければならない。
祭壇に戻ると見せかけて、目の前に立つ少女を姿見を通して垣間見た。
そこにいたのは、純白のドレスを纏った「何か」だ。自分が密かに想いを寄せていた人物は、今もなお目の前で微笑む彼女は、玉虫色の液体に無数の眼を覗かせて蠢く異形の存在だった。
SAN値チェック》1d100<=68→99→ファンブル/1d6+1→SAN値68→63に減少
《アイデア》1d100<=65→77→失敗/一時的狂気せず
その時の感情を一言で表すなら、「恐怖」だ。異形の存在に対する恐怖心ではない。似た存在であれば過去に二、三度見たことがある。積極的に会いたくない存在ではあるが、自分の守るべき人、愛する人がいない恐怖心に比べれば些細なことだ。
足下が抜けて果てもなく落ち続ける錯覚を味わったというか、頭の中が文字通り真っ白になって言葉を失ったというか、生きた心地がしなかった。そんな精神状況の中、数歩後ろに下がっただけで踏み止まれたのはまさに僥倖だった。何故なら、そのおかげで、自分の足下で寝転がる白猫の姿を姿見を通して見ることができたのだから。
「……っ、……ああ」
思わず安堵の声を漏らす。呼吸すら忘れていた自分の精神状態を見直し、数度深呼吸をする。
やるべきことは決まった。ただ、本当にやれるのかという問題は残っているが、それは自分の覚悟の問題だ。
こちら側の心の準備が整ったのを待ってくれていたのか、牧師の男性はおもむろに少女の方へ問いかける。
「新婦、草加翡翠。あなたはここにいる草加怜を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います」
隣にいる少女が静かに答える。次に、牧師はこちらに対して問いかけた。
「新郎、草加怜。あなたはここにいる草加翡翠を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「……いいえ」
周囲が一気に騒然となる。牧師に対する誓いの言葉は形式的なものであり、返答も決まったものだ。それを覆すなど本来あってはならない。だが、真に愛する者でないものに愛を誓える程、翡翠さんの存在が軽い訳でもない。
「私が愛しているのは、本物の草加翡翠さんです」
そう言ってから後ろを振り返り、その場に屈む。自分の手に持っていた花束を、足下で呑気に爪研ぎをしていた猫へと捧げる。
「……ふぇ?」
先程まで白猫だった存在は、次の瞬間には白いウエディングドレスに身を包む、もう一人の花嫁へと姿を変えていた。琥珀色の瞳をパチパチ瞬きさせ、表情一杯に困惑の色を浮かべる翡翠さんではあるが、細い腕には自分が渡した花束を握りしめている。
「では、新郎新婦は指輪の交換を」
翡翠さん、左手を出してください」
「え、ええっ? れ、怜さんこれ一体どういうことですか?」
申し訳ないが、ゆっくり説明する心の余裕はない。牧師の言葉に則ってそっと彼女の左手を取り、ポケットから取り出した指輪を薬指に填めれば、途端に会場が湧き上がった。
「えっ、え、……あぁああっ!?」
状況を読み込めていない翡翠さんだったが、自分の指に嵌められている左手薬指の指輪の意味にようやく思い至ったのか、一気に顔が真っ赤になる。
「こんな形で打ち明けることを許してください。それでも、この気持ちは私の……いや、俺の本心です。翡翠さん、貴女のことを愛しています。
もし、この気持ちに少しでも応えてくれる気があるなら、どうか俺の指に指輪を填めてもらえませんか」
一世一代の説得に対し、翡翠さんの指がわずかに動く。しかし、彼女の意思を最後まで見届けることはできなかった。何故なら、二人を取り囲んでいた空間そのものが歪み始めたからだ。
咄嗟に、目の前にいた翡翠さんに向かって伸ばした右手は、次の瞬間には虚空を掴んでいた。視界に映る景色も結婚式場のそれではなく、何の変哲もない自室の天井に変わっている。
ベッドから跳ね起き、真っ先に隣のベッドの様子を確認した。翡翠さんの姿は見られなかったが、わずかに掛け布団が乱れた跡がある。翡翠さんが自分で起き上がった証拠であり、いつもよく見る光景だった。
「……良かった」
ほっと溜め息を吐き、最悪の結末を回避できたことに胸を撫で下ろす。ただ、彼女の姿をきちんと確認しようと寝室の扉を開ければ、台所に立って朝食の準備をする翡翠さんの後ろ姿が見えた。
「おはようございます、翡翠さん」
「………………おはようございます」
《アイデア》1d100<=65→89→失敗
何かがおかしい。挨拶は小声で返してくれたものの、明らかに翡翠さんがこちらを向いてくれない。彼女の身体も妙に震えているような気もする。
特に嫌われるような出来事はなかったと思うのだが、一体どうしたのだろうか。
翡翠さん? どうかし、た……っ!?」
彼女の肩を掴もうとして偶然にも自分の左手が視界に入り、自分の考えの甘さにようやく気付くことができた。
これまで謎の空間から脱出すれば、自分以外の人は何が起きていたか覚えていなかったので考えたこともなかった。謎の空間で体験した記憶が相手にも共有されている、という事実を。
その証拠に、自分の左手薬指には見覚えのある指輪が填められていた。

 


ED②「真に愛する者へ、花束を」
SAN値回復1d5+3→SAN値67に回復